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千葉地方裁判所 平成2年(モ)4549号 判決

申立人(債務者) 千葉産業開発株式会社

右代表者代表取締役 大貫道夫

右訴訟代理人弁護士 神岡信行

相手方(債権者) 南西株式会社

右代表者代表取締役 除野健次

右訴訟代理人弁護士 林彰久

同 池袋恒明

主文

一  千葉地方裁判所が昭和六三年六月二二日頭書基本事件についてした仮処分命令を取り消す。

二  本件取消申立事件についての訴訟費用は相手方の負担とする。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

主文と同旨

第二事案の概要

一  基本事件の概要

1  相手方は、申立外明裕不動産株式会社(以下「明裕」という。)に対し、昭和六一年一月三一日付金銭消費貸借契約(以下「本件消費貸借契約」という。)に基づき、左記のとおり合計金一四〇億円を弁済期を昭和六三年一月三一日とし、利息を年一三パーセント(年複利計算とし弁済期に一括返済)、遅延損害金年一八・二五パーセントの約定で貸し渡した。

昭和六一年一月三一日 金四〇億円

同年二月七日 金六六億七〇四七万八九二九円

同月一三日 金五億七三八六万円

同年三月一三日 金三億二九〇〇万円

同年七月一八日 金二四億二六六六万一〇七一円

2  申立人は、昭和六一年一月三一日相手方に対し、本件消費貸借契約上の債務を担保するために、申立人所有の別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)に代物弁済予約の仮登記担保権を設定するとともに、根抵当権(極度額五四億円、以下「本件根抵当権」という。)を設定するとともに、申立人が本件物件を譲渡、賃貸、担保提供、現状変更をする際には相手方の同意を要する旨の特約(以下「本件特約」という。)をした。

3  相手方は、本件不動産に賃借権等の用役権が設定されると担保価値が減少し、明裕所有の件外物件についての担保権を実行した後の本件消費貸借契約上の残債権の十分な満足を受けることができなくなる旨を主張し、右2の約定の履行請求権を被保全権利として、申立人に対して、本件不動産の占有移転禁止及び執行官保管(債務者使用)並びに賃借権等の用役権の設定禁止を命ずる仮処分(基本事件)を申立て、千葉地方裁判所は、金一億円の担保(支払保証委託契約)を立てさせた上で、昭和六三年六月二二日これを認容する仮処分決定(以下「本件仮処分」という。)をした。

二  申立人による元本確定請求及び供託

1  申立人は、平成二年七月一二日到達の書面により相手方に対し、本件根抵当権の元本確定請求をし、その後二週間の経過により元本が確定した(元本確定の点には争いがない)。申立人は更に、同年八月八日相手方に対し、極度額に相当する金五四億円を払い渡すべく現実の提供をし、同年九月一四日民法第三九八条の二二に基づき金五四億円を東京法務局に供託した(同法務局平成二年度金第六四七八九号)。

2  申立人は、これにより、被担保債権が消滅し、これによって、本件根抵当権及び仮登記担保権が消滅し、本件特約も失効して被保全権利が消滅した旨、仮に被保全権利が消滅しないとしても、右供託金に対する権利行使が可能であるから保全の必要性がないと主張する。

三  争点

1  相手方は、申立人が連帯保証人を兼ねているから、民法第三九八条の二二第三項により、根抵当権の消滅請求権を有しないと主張する。これに対し、申立人は、自らは物上保証人にすぎない旨を主張する。

2  相手方は、根抵当権の消滅請求は被担保債権の残額が極度額を上回ることを要件とするが、本件消費貸借契約の残債権は、金四二億〇〇四九万八九二七円であり、極度額の金五四億円を下回っている旨を主張する。

3  申立人は、仮に申立人による供託が、根抵当権消滅請求の要件を満たさないとしても、弁済供託としての効力がある旨を主張するのに対し、相手方はこれを争い、相手方が供託金のうち右2の金員の払い渡しを受けるべく供託官に面接したが拒絶されたと主張する(ただし、却下処分を受けたものではない。)。

4  申立人は、金五四億円の供託により、保全の必要性が消滅したと主張する。

第三裁判所の判断

一  民法第三九八条の二二所定の根抵当権消滅請求の制度が設けられた理由は、根抵当権の被担保債権額が極度額を上回る場合において、第三取得者、物上保証人等が第三者弁済若しくは供託をして根抵当権を消滅させるために弁済すべき金額が残債権全額であるのか極度額であるのかについてかつて争いがあったところ、最高裁判所昭和四二年一二月八日判決(民集二一巻一〇号二五六一ページ)が、極度額のみの弁済では一部弁済にすぎないことを理由として残債権全額の弁済を要する旨を判示したため、この問題を立法的に解決する必要が生じたためである。そして、右の経緯からも明らかなように、同条の趣旨は、第三取得者、物上保証人等が根抵当権を消滅させるために債権者に払い渡すべき金額の上限を極度額に限定し、本来は非本旨弁済として無効な一部弁済及び一部供託について有効な弁済の効力を認めるとともにこれによる根抵当権消滅の効力をも認めたものであり、本旨弁済及び弁済供託についての第三取得者、物上保証人等のために有利な特則を定めたものというべきである。そうすると、形式上根抵当権消滅請求としてなされた供託が、仮に、根抵当権消滅請求としての要件を具備しない場合であっても、被担保債権についての弁済供託としての要件を具備する場合には、本則に立ち戻り、これに弁済供託としての効力を認めるのが相当であり、両者を全く別個の供託と解することは失当である。けだし、そのように解しないと、特に、残存する被担保債権額が極度額を上回るか否かが不明確な場合には、第三取得者、物上保証人は、根抵当権を消滅させるために、根抵当権消滅請求のための供託をするほかに、別途、残債権額が極度額未満である場合にそなえて弁済供託をも二重に行わなければならなくなり、著しく不合理な結果を生ずるからである。

二  右に説示したところを本件にあてはめると、相手方が主張するように被担保債権額が極度額を下回る場合もしくは申立人が連帯保証人であるような場合には、根抵当権消滅請求の要件を具備しないことになるが、仮にそうであるとしてもなお、弁済供託としての効力の存否を検討すべきこととなる。

そして、本件仮処分は、相手方(債権者)が本件消費貸借契約に基づく残債権を本件不動産に設定された本件根抵当権もしくは仮登記担保権の実行により回収するためにその担保価値を保全することを目的としてなされたものであり、民事訴訟及び民事保全手続における処分権主義の見地からすれば、相手方(債権者)の主張する金四二億〇〇四九万八九二七円の限度で本件供託が弁済供託としての効力を有する限り、本件においては被保全権利及び保全の必要性が消滅することになるものというべきであり、事案の概要に挙示した事実関係のもとにおいては、右の金額の限度で弁済供託の効力を生じる要件が満たされていることが明らかである(弁済供託において同一の債権の債権額に争いがある場合には被供託者が供託金額の一部について有効に供託を受諾することが可能であり、その払い渡しを受けることができる。供託関係先例集第二巻第二三一ページ、第三巻第五ページ各参照)。

三  以上に説示したところによれば、その余の点を判断するまでもなく、本件申立てには理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 櫻井達朗)

〈以下省略〉

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